見栄えと交差 ― 精度の先に生まれる美しさ

見栄えか、精度か

こんな写真を見せられたところで、肝心の交差や幾何公差が入っていなければ意味がない。
しかし現実には、SNSで人気を集めるのは“見た目の良い写真や動画”だ。

特定のチップ、回転数、送り、取り代、咥え代、把握圧。
これら条件が分かれば、ほぼ同じ加工は再現可能だ。もちろん「ほぼ」以外の要素も大切だが、簡単ではないにせよ、条件さえ押さえれば道筋は見えてくる。

見た目普通の「本物」

それよりも本当に凄いのは、見た目はただのリングにしか見えない部品が、実は交差0.01mm単位、幾何公差も0.01mm単位で成立しているという事実だ。
誰の目にも映えないが、それこそが技術の極みだと思う。

(S10Cのリング。内径φ385、真円度0.02以下になってます。アイキャッチの品物はアルミで一回り以上小さく、交差もラフ)

だが現実には、その「普通に見える凄さ」よりも、インパクトのある加工写真の方が何十倍も反響が大きい。

技術の語り合いはどこへ?

さらに気になるのは、同業他社からの反響ですら、やはり見栄え重視の投稿に集中している点だ。
本来なら「ここ出すのは大変だよね」「なるほど、このアプローチか」といった話で1時間は盛り上がれるはずだろうに。

日本の製造業は志す人がほぼゼロに近く、技術ロストは規定路線になりつつある。
そしてその兆しは、こうしたSNSの反応傾向にもはっきり現れているように思う。

見栄えとは


産業寄りの製品の見栄えは技術の副産物であって、大事なのは精度や交差への取り組みであるはず。
しかし今は、見栄え重視で本来の大事な点が見逃されてる。

会社の認知度を上げるには、見栄えの良さにフォーカスすることも大切だ。
確かに同じ価格・同じ交差なら、多くの人は“キレイな製品”を選ぶだろう。

だが忘れてはいけないのは、きちんと加工すれば、結果的にキレイに仕上がるということ。
たかがバリ取りもヤスリ目や幅を揃えれば凄く見栄え良くなるし、刃物管理して適切に切削油がかかっていれば、荒目の仕上げでも引き目が揃ってキレイに見える。
つまり「見栄え」とは副産物に過ぎない。

工芸と産業

工芸的な製造業であれば、見栄えそのものが大きな価値になるだろう。
しかし、私たちのような産業寄りの製造業では、見栄えは精度の結果として現れる副産物に過ぎない。
本命は技術であり、そこにこそ製造業の存在価値がある。

工芸における「見栄え」は、突き詰めれば作品性を支える技術だ。
私たち産業寄りの製造業における「交差・幾何公差」も同じく技術であり、価値の軸が違うだけ。
どちらも突き詰めれば凄みがあるし、尊重されるべきものだ。
ただ、私自身は産業寄り製造業の一員として、交差、幾何公差に拘った技術を大事にしたいと考えている。

美しさは技術の積み重ねの先に自然に宿る。
そして、その道程を世の中が理解出来るようになってこそ、本当の意味で「物作り大国」と呼ばれる国なのではないか、と私は思う。


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